ギャンブルの話題

嫁いだ先はパチンコ一家!?ギャンブルが悪という考えを捨てた話

私の家庭は普通ではない?パチンコを楽しんでいた父

私が物心ついてから何か家庭で支払いがあるときの頼みの綱は父の出稼ぎでした。
出稼ぎというのはパチンコのことです。
仕事が終わって帰宅し夕飯を食べると父は毎晩夜遅くまで「出稼ぎ」をしていて、儲かったときは「今日はよくかかった」と言って景品のクッキーやキャラメルをくれていました。
私はその時間が大好きだったし、父が頑張って出稼ぎをして帰ってきてお菓子をくれるわけだからもちろん可愛がってもらえていると思っていました。

そのため子供だったわたしは嬉しくてその話をするのですが、いわゆる普通に可愛がられたエピソードを期待して私に「夜は親とどう過ごしているの?」と聞いた人々は私の話を聞くとこぞって「気の毒に」、「可哀そう」、「愛されていないのね」、というようになりだんだんおかしいなと思うようになりました。

そしてついにある日。父親の多額の借金が発覚し家が差し押さえられてしまいました。
それがきっかけで父は大好きだったパチンコをやめました。そして私はギャンブルを嫌うようになりました。

のちに父の借金の原因はギャンブルではなく父の兄弟の保証人になってしまっていたことだったと分かり、元凶はパチンコで借金を作りまくった伯父であることに気づきました。
だけど、どちらにしても

好きになった相手の家族はパチンコ一家?

それから私はある人と出会い結婚しました。
初デートにパチンコ屋に連れていかれた時は喧嘩をしました。さらには両親にご挨拶をと出かけたら両親は家にいなくて、パチンコ屋に居て初めての顔合わせがパチンコ台の前になってしまい、あまりに複雑な気持ちになりました。

嫁いだ家はパチンコ一族だったのです。

でも私の想像していたものとは全く違い、新しい家族のおかげでだんだんパチンコへの嫌悪感が薄れてきました。
家族団らんの場をパチンコ屋にしていたこの家族にはしっかりとした協力態勢とルールがあり、現金を使いすぎないようにお互いを見張り気遣って楽しく遊べるチームとして完璧でした。
誰か一人だけが負けて焦って現金を下ろしてしまうことがないように家族は台を代えるときなどに家族の様子を見に行き、苦労しているようだったら当たっている家族と台を交換して貯玉をさせてあげる、大当たりした家族はパチンコ屋の帰り道に家族にごはんをふるまう、誰も当たらないときはさっさと諦めるというスタイルで楽しんでいました。

一人だけ当たってしまって他の家族を待たせて悪いな、という感覚にならないのです。なぜならみんなで分け合うことになるからものすごく応援しながら待っていてくれるからです。

このおそらく社会的に見ても風変わりなパチンコ一族には一円パチンコでしか勝負しないというポリシーがあります。
わたしはこの家族の一員になって長老である祖母からパチンコのやり方を優しく教わりながら幸せだと感じました。

ギャンブルはすべて悪いものというわけではない

パチンコをする人をパチンカス、金銭感覚のいかれた人、と言う人は確かにいます。でもこの家族の素の姿はいたって普通であり、健全であり、ギャンブルで経済を崩壊させた私の伯父や子供のころの私の父の姿とは全く違うものでした。
決定的な違いは依存するかしないかでした。だからパチンコを含めギャンブルが悪なのではないのです。そのことに気づいた瞬間から私の中でギャンブルが悪という考えは要らないものになりました。

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